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ブログというか雑記

あんかけうどんのブログです

木とともに人とともに

「木とともに 人とともに」の歌詩について。

 

以前「ここから始まる」の詩についてなにかしらのなにかを書きましたが、今回はそれの「木とともに 人とともに」版です。今回も合唱知らねーよとかそんな歌も詩も知らねーよという方にとっては幾分無為無聊の感を覚えることとは思います。回れ右、もアリです。

 

完全に僕個人の主観的で偏向的な解釈を与えた文章なので読むにしても適当に読み流してください。

 

それでは始めます。

参考:http://yyimage.web.fc2.com/hitotuno/subkitotomonipiano.htm

 

木とともに人とともに(作詩:谷川俊太郎 作曲:三善晃

木とともに私は歌う

大地から声を吸い上げ

言の葉を光にさらし

大空へ心なげうち

木とともにあなたとともに

私は歌う 緑なす森になるまで

 まずこの部分から。1番の前半部分といえるのではないでしょうか。言えなくても勝手に言いますが、まず「木とともに私は歌う」ですね。2番の初めが「人とともに私は歌う」となっていることからも1番の主題、まぁ主題とまでは言わずとも第一のキーワードは「木」であると言っていいでしょう。

 「大地から~心なげうち」までに関して、僕はこの部分は「木が歌う様子」をあらわしていると考えます。大地から声(養分)を吸い上げ、言の葉(葉)を光にさらし、・・・というようなことです。人も「歌う」ときには体の奥底から声を吸い上げて口から言の葉を外にさらし、自分の心をその空間に解き放ちますよね(多少強引ですがなんとなく感じ取ってください)。ただ、「大空へ心なげうち」の部分はよくわかりません。強引に解釈するとしても「心」=「果実」or「種子」を大空になげうち、子孫を残す…というようなことしか思いつきませんが。何かありましたら教えてください。

 「木とともにあなたとともに」ですが、ここでいう「あなた」は「木」だと思います。ここで「あなた(=木)」に語り掛けているということですね。「私は歌う 緑なす森になるまで」の部分に関して。木にとって「歌う」ということは大地から養分を吸い上げ、葉を光にさらし、大空へ種子をなげうつこと・・・つまり最終的には新しい木の芽生えを予感させるということです。つまりその「歌う」ことが幾重にも重なり、何度も何度も新しい木が芽吹き、「緑なす森」になる、というワケです。木々の歌声が幾重にも重なりハーモニーが生まれ、やがて緑なす森となる…木々の合唱というわけですね。

声よ湧け 私のうちに

花々の声 水の声

そよかぜの声 いのちの声

 ここは1番の後半部分ですね。「私のうちに」は2番の対応個所の「あなたのうちに」と呼応するものとして考えてあまり気にするところでもないと思います。「声よ湧け」もそのまんまですね。「花々の声 水の声 そよかぜの声」は簡単に受け取ると自然の様子を表しているだけのようですが、少し深く考えてみます。

 「いのちの声」は前半部分と絡めて考えてみると、新たな芽吹き=いのちの誕生の産声、といえるかもしれません。そこから考えると、種子は花々から生まれそよかぜに乗って運ばれ水を吸って芽吹く…「花々の声 水の声 そよかぜの声」はそうした「いのちの声」へとつながる声であるといえます。このことをよく踏まえたうえで2番の歌詞解釈へと移ります。

人とともに私は歌う

声あげぬ声をもとめて

つぶやきと叫びのはざま

せめぎあう笑いと涙

人とともにあなたとともに

私は歌う 歌声の星座めざして

 2番の前半部分です。1番の「木」に対して2番のテーマは「人」ですね。歌を歌っている「私」も「人」である以上、人と人との相互的な関係がここには表れています。

 「声あげぬ声をもとめて」は、声あげぬ/声をもとめて、と区分できることから「ぬ」は打消ではなく完了の意味を持つことがわかります。したがってそこまで深くは考えずに「(私は)声をあげる。(あなたの)声をもとめて」という意味になります。

 それと合わせてですが、「つぶやきと叫びのはざま」「せめぎあう笑いと涙」、これらの詩はすべて「歌」、とりわけ「合唱」に通じる詩になっているように思います。「歌」って、まさにつぶやきと叫びのはざまのような口頭表現であり、「歌詞」には対立する笑いも涙も乗せられますよね?さきほどの「(私は)声をあげる。(あなたの)声をもとめて」って、めちゃくちゃまさに合唱って感じしませんか?

 「人とともにあなたとともに」の「あなた」は1番と同様にその直前に出てきているもの、つまり「人」のことであり、「あなた(=人)」に語り掛けています。次に「私は歌う 歌声の星座めざして」の部分です。星座って、ひとつひとつの星の輝きがつながって星座を形作りますよね。ここでいう「歌声の星座」とは、ひとりひとりの歌声がつながって形作られた響き、ハーモニーのことなのではないでしょうか。そう考えると1番の「緑なす森になるまで」と似たものを感じますね。式に化してみると、「歌声の星座」=「人々の歌声によるハーモニー」であり「緑なす森」=「木々の歌声によるハーモニー」ということです。ちょっと腑に落ちた気分になりませんか?

声よ湧け あなたのうちに

思い出の声 明日の声

物語る声 初めての声

 2番の後半部分。1行目はもう1番の対応個所で説明しています。

 「思い出の声」は過去の声「明日の声」は未来の声「物語る声」は現在の声(もしくは今から過去を顧みる声)、とそれぞれ言い換えることができると思いますが、人が生きるなかで発す声ですね。では「初めての声」ってどんな声でしょうか。当然ながら、産声ですよね。では1番の対応個所の歌詞はどのような詩でしたでしょうか。そう、「いのちの声」≒いのちの誕生の声=産声(上記参照)ですよね。ここで1番と2番がぴったりつながるわけですね。

 

 で、ですよ。詩のうえではここでこの詩は終わりですが、合唱曲「木とともに人とともに」ではこれでラストではなく、ここに次の歌詩が続きフィナーレとなります。

声よ湧け 私のうちに あなたのうちに

いのちの声 初めての声

 何も言わずとも感じ取っていただきたい。1番と2番が絡み合ったこの終わりの歌詩。

 生命の誕生。いのちの声。初めての声。産声。

 まるで生きることとは歌うことなのだと言わんばかりのこの詩。

 

 この歌は「生きることとは歌うこと」というようなことに収束するように思います。

 いうなればいのちの讃歌。うまくいえませんが谷川さん超かっけえですよねイカしてますよねヤバいっすよね。ちなみに今この文章の偏差値は3くらいです。

 

 とりあえずここまで、ということで今回の歌詞の解釈は終わりです。

 

 調べてみると、どうやらこの詩は「上野の森コーラスパーク」という合唱祭のテーマ曲として平成11年に作られたもののようですね。そう考えてもう一度歌詞を見直してみると、なるほど、という感じですね。

 

 それでは。

 

 参考:Nコン2010 杉並学院高等学校「木とともに 人とともに」 - YouTube